「瞑想について」カテゴリーアーカイブ

今、ここ、安心。

こんにちは、ハンスです。
秋も深まり、寒気で一気に冬の寒さですね。

今回のタイトルである
今、ここ、安心。
最近、お気に入りのフレーズです。

何があっても、なくても
「今、ここ、安心。」
心の中で言うと、即自分が安心の
只中に入る、という感覚があります。

普段、何気なくふつうに
見て、聞いて、感じて、考えて、、
といういわゆる “体を通した体験” から
そっと離れてみる。

その、離れた位置から
今、ここ、安心。を感じてみる。

その位置というのは
相対の場所ではないので、
見たり聞いたりしていることを
あるいは自分の思考や感情を
ジャッジしたり、評価したりは、しません。

そこにコントロールは存在せず
ただ安心が在る、
安心だけが在る、ということを知り
それに浸ります。

このかんかくは、単なる気休めではなく
そこに広大な “本質” が、横たわっています。

そこにあるのは安心のほか、
静けさ・静寂・落ち着き・穏やかさ・
安らぎ・安全・安定・安堵(&)、平和 …^^

これらをインド(ヒンディ)語で
「シャンティ Shanti」と言います。

なので、
「今、ここ、シャンティ。」
でもいいですが

自分的には「安心」がしっくりくる、
スイッチが入る感じがします^^

何があってもなくても
でも、特に何かあったら、
つまり、心がザワついたりしたとき、

「今、ここ、安心。」
思考や感情や
ひとや状況や
過去や未来に
広げた大風呂敷(笑)をパッと閉じて
今、ここにしかない安心を
絶対的な安心を
感じてみてください。

 

 


プレゼンスを見出す

こんにちは、ハンスです。

最近、春を飛ばして一気に夏!
という気候になりつつありますね、
ちょっとインドみたいです笑。

さて今回は、
ドリシティ瞑想セミナーで
ハンスがお伝えしていることの
ある意味エッセンスが、
アップされたてこの動画の中に!

ということで笑
シェアさせてください。

彼が言っている「プレゼンス」
言いかえれば「今ここに在ること」

これはまさに
ドリシティの「気づきの状態」
と、一緒ですね。

思考と自分が一体化してしまうことが
あらゆる苦しみの始まり

でも、それを知っただけで
一体化が解除されるわけではない。

私たちは大抵
思考と一体化してしまっている。

でも、これは単なる
“習慣”であって“起源”ではない。

まずは
「観察者」の視点をもつこと
「観察者で、いつづける」こと
心の奴隷になるのではなく
心に対して主権をもつ者になること

プレゼンスにいる状態
そしてドリシティの在り方は
私たちの“真の起源”が何であるか
を、体験させてくれます。

それは、頭では知り得ない
素晴らしい経験です。

動画の中で
彼がカメラ目線のとき
彼の視線、あるいは額の真ん中に
意識を向けてみてください。
一回目は、言葉を理解し
次は、言葉を追わず、そうしてみて。

観ているうちに
プレゼンスの状態を
垣間見させてくれますよ!

 


沈黙のアート

こんにちは、ハンスです。
すっかり春、どころか関東では
早くも夏日が続き、汗ばむ陽気ですね。

さて、瞑想というと「沈黙」「静寂」
というイメージがありますが、
今回はこの沈黙について、みていきます。

人と話しているとき等、
沈黙と言うと「気まずい雰囲気」
みたいに捉えられがちですが、

ここで言う沈黙というのは
「会話がない」ということではなく
「心の静寂さ」のことを指します。

それは心の落ち着きであり、穏やかさ。
ですから、沈黙の状態で
会話をするのは、もちろん可能。
むしろ、そのような状態にあってこそ
“真の会話が成立する”
と言ってもいいでしょう。

その状態は、
意識を相手に向けるのではなく
自分自身の「内なる空間」に向ける
ことで創りだすことができます。

この沈黙、あるいは静寂によって
心は強くなり、身体も精神もリラックス
します。

見ること聞くことにいちいち反応せず、
確かな判断力がもてるようになります。

そして、ハートから、
相手のことを聴くことができます。
それは「相手の話しを聞く」のではなく
「相手そのものを聴く」という感じです。

ドリシティ瞑想では
この「内なる空間」にアクセスすること
を学び、その感覚を養っていきます。

このことは、人との会話だけではなく
日常の様々な場面において
“いつも平安な心でいられる自分”
“環境に惑わされず、安定していられる自分”
として体験するようになります。

セミナーを通して
皆さんとこの体験を拡げる場を
一緒に創っていけたらと思っています。