「祈り」カテゴリーアーカイブ

“祈り” について

こんにちは、ハンスです。
もうすぐ2月、列島は寒波真っ只中ですが
東京では梅の花が
ゆっくり咲き出しています。

今回は “祈りの体験” について
書いてみたいと思います。

インド語(ヒンディ)では
祈りに相当する言葉を
「シュブ・チンタク」と言って
「誰かや何かによい願いをもつ」
ことを指します。

この言葉をもう少し詳しくみると
「吉兆な、輝かしい、
慈愛のある、深い瞑想的な思いをもつ」
という感じになります..
ちょっとくどいですかね笑

癒しに関心のある方であれば、
このような「思い、願い、祈り」
といったものが実際に
ヒーリングあるいは治癒効果を
発揮することを、少なからず
体験されているのではないでしょうか。

けれども、、
実感する時もあれば、そうでない時もある。
..これって、前に書いた
「引き寄せ」と、ちょっと似てますよね。

というか、
どちらも原理に沿って
「思考の力」を使っているわけなので
実際、同じものなんですよね。

ですので、前と重複しますが
もしこういったものが「効果がある」
と感じる時は..

わたしが完全に
心配やネガティブな思いを手放している
ときである、と言っていいと思います。
(※手放していないと効果がないとは言えません)

最近わたし自身、身近に
そのような祈りやよい願いを
送らざるを得ない状況があり、
改めて「意識あるいはスピリットのパワー」
の偉大さ、そしてまた
「その源である、
“至高なるもの” の愛と癒し」に対する
畏敬と感謝の念を、増すことになりました。

その時間と空間はある意味
どんな瞑想よりも瞑想的で、
言葉にするのも難しい “美しき瞬間”
だったと感じます。

また、
ドリシティを送ることによって
意識がさらに純化したものに
磨き上げられたように思います。

その観点で言えば
祈る本人が、まず癒される・至福を体験する
それが単に伝わっていくだけ..
というふうにも
言えるかもしれないですね。

俗世的には
ネガティブに思える出来事も
スピリットからしてみれば
最善のことが起こっている
ドラマに偶然はなく
必要なことが起こり
その機会を、第三の目でとらえ
お互いのチャンスや機会にしていく
そうすることで
たくさんの副産物がもたらされる

そのような “気づき(スムルティ)”
を、常にもっていたいですね。

機会があってもなくても
祈り / よい願いをもつ、もちつづける
是非、日常の中で
試していただければと思います。