「食事と瞑想」カテゴリーアーカイブ

ベジ食は瞑想によいのか?

こんにちは、ハンスです。
だいぶ暖かくなってきましたね。

今回はベジ食、というかヨギ食の話のつづきです。
そもそも「なぜ瞑想にベジがよいのか?」
これは前回お話しした “意識の在り方” というところに
ダイレクトにつながってくるんです。

ここで行う瞑想は、
ひとことで言うと「ほんらいの自己を想い出す」作業。

作業というと、瞑想のイメージと違うかもしれませんが、
呼吸も、「考えない」のも、ある意味すべて作業です。

 

ここでは “意識を戻す、修正する” という作業を内側で
「積極的に」構築していくんです。

そこで、このほんらいの「自己」ですが、
「魂、あるいはスピリットとしての自己」が
本来そなえている大きな性質として
“アヒンサー = 非暴力” というのがあります。

ガンジーで有名なこの非暴力、彼は
「終始、魂の本来の在り方をつらぬいた
偉大な(マハ)魂(アートマ)=マハトマ」なわけです。

で、ベジという食生活を続けていくほど、
ほんらいの自己を想い出しやすくなる、
つまり「平和・安らぎこそが、
元来自分にそなわっている、本性なんだ」
と分かってくるんです!

これをインドでは
“OM SHANTI” =「わたしは 平和そのものです」
という言葉で、マントラのように、あるいは
あいさつのようにして、使われています。

ですので、食事をする度に
ベジがツールとなってカルマを為し
ほんとうの自分を想い出させ、
それを体験することができるという相乗効果
まさに「食べるヨガ」なんです!

.. とまあ、すっかり意識の話になってしまいましたが。。

でも、そのくらい食事には
大きな影響力があり、意識にとって大事ということ。

強制するものではありませんが、
ものは試し、もしよければベジを食し、
“内なる平和” を経験してみませんか?

では、セミナーへのご参加お待ちしています!

インド合宿所の巨大厨房の写真
(写真は、合宿所の巨大厨房の一隅です)


ヨガと食事

こんにちは、ハンスです。

先のインド合宿時の食事について、興味を持たれた方がいたので、
そのことを振り返ってみようと思います。
ヨガはベジ食、というイメージがあるかと思いますが、
その流れというか形式は、古来のヨガ、瞑想ヨガから来てるんですよね。

ヨガには「カルマヨガ」、つまり行動そのものをヨガにする
というのがあって、食事というのは、その大事な実践になり得るんです。

つまりは「食べるヨガ」そして「調理するヨガ」。
合宿所の厨房は、経験あるヨギだけが入り調理する、言わば「聖域」。

そこで作られたものは、たしかに違います。
食べると、マインド、ハート、そして大もとである魂が、
元気になる、クリアになる、ピュアリファイされる!

ただし、ガッツリよそってくれるので、食べ過ぎ注意(汗;
食べるときは、自分の“意識の在り方” をしっかり正して。。
そう、これに注意していると、食べ過ぎることはありません。

そのことを忘れ、我を忘れると、食に走るわけですが(笑
まあそこが実践でして、どこにいても、
それは楽しみながらやっています。

この “意識の在り方” と、ドリシティには関連があります。
実際、ほんとうの健全さとは、この意識の在り方からやってくる、
ある意味それがすべて、という部分があります。

ドリシティワークで、その辺もお話しできたらと思っています。

(標準的なメニュー:
サブジ(炒め物)2種とスープは毎日違った具と味のカレー。
主食は米とチャパティ。オプションで生&茹野菜、ヨーグルトetc.)
インド合宿時の食事の写真