積極的な自分への対応

友人は「人混み」は「人ゴミ」だと勘違いしていました。
でも人々が集まるとカオスな世界になると云う現状は
いかにもと想える言葉です。

気候が良く花々が美しい今の季節には公園や
レジャー施設などに人々が多く集まります。
そんな人々を目にするにつけ、常につくづく
カオスだなと思ってしまいます。

今や、宗教団体やヨガ団体、スピ系のグループ
でさえもカオスです。
そんなカオスを目にしたくなければ、人混みの中に
行かなければ良いだけのことなのでさして問題には
なりません。

ただそんなカオスの世界を個人的に押し付けてくる
人々には注意が必要です。

大多数の人たちが無自覚に混沌とした世界に
生きていると云うのが今の世界です。
家族や親せき、身近に共に暮らす人たちさえも
無自覚に生きているのが現状です。

そのような人たちは無自覚が故に自分の考えが
一番だと思っていて常に相手を批判し見下し
差別化します。

無自覚なので悪気もありません。
そこには心の交流など皆無で、相手のことを
真に思いやる心は存在し得ません。
そのような家族と共に暮らす本人は逆に
孤独感が増すものです。

でもその本人が大人ならば自らが「今・ここ」の
エッセンスとなって影響を受けずに乗り切ることが
できます。

相手がその怒りや悲しみのパワーを押し付けて
来るほどに、こちらもテンションをハイレベルに
上げることができます。

つまりそれは一見、相手に対応しているかのように
見えるのですが、実は自分の中のカオスとの闘いで、
ヨガ瞑想のプラクティスにもなります。

相手の話は聞いていて心は閉ざさず否定せず、
かと言って肯定もせず、ただただひたすら相手を視る。

神様はいつもこれをやっているのではと感じます。
そうしていると、無自覚に場をかき回していた本人は
沈黙の中で自覚を持つようになって、やがてレベルは
ともかくも、場がしらけると云う場のバイブレーションが
変化しているのが解かるようになります。

特に自然が少なく、家と家との人と人との感覚が
狭く密度が高い都市では、あらゆる方向から
暴力的に個人の観念が押し付けられます。

正にカオスな世界に対応するには、自分の中の
カオスな世界との対応が問われているのです。

Nick Lowe  「Hope For Us All♪」

「There’s hope for us all ♪

私たちのすべてのための希望がある♪」

皆さんにも希望が訪れますよう♡