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天命に感謝

与えられた運命を「ありがとう」と素直に感謝の意を
もって認めよう。。。

過去を振り返ってみれば艱難辛苦ばかりが
思い出されるけれど。
でも「いまここ」に意識を合わせれば、それは結果
いまこの瞬間に幸せで在るための糧であったに
すぎないのだから。
過去世にもあった辛く悲しい事柄や自死を以って
贖わなければならなかったくらいの罪は、
今はもう泡沫の夢のよう。
人は記憶が薄れ、やがては忘れると云う神からの
恩恵を頂いているのだから。
所詮、どう足掻こうがこの世はカオス。
混沌として混乱した世界なのだと。

かつては、ただそれに染まるのは嫌だと、
ひたすら瞑想し、自己認識を深め、
己の魂を
護ってきたけれど。

それが最近になって「無知の知」ということに
ようやっと気が付いたのでした。

混沌と云う呪縛から解放されたのは、結局は
「自分は何も知らないのだ」ということを知った
瞬間でもありました。

前回のお話に出たあれほど嫌っていた医者に
頼らざるを得なかったという結末は・・・
この星で最先端と言われる医療を受け入れざるを
得なかった状況というものは・・・
結果、この星で最先端と言われる医療界は
なんと稚拙で未熟なものなのかと
思われたものでした。

たとえばおよそ19時間に及ぶ手術の間は、
手術に立ち会った医者4人とも飲まず食わず。

後で聴いたところでは、その手の手術時間は
20時間あるいは24時間は当たり前。
彼らは手術の前日から塩断ち、水断ちを心がけて
いるとか。
手術中はずっと神経を張り詰めていて。

しかも看護師、技術者たちを合わせれば
物凄いレイバー(labor)ですよね、それって。

更に当の患者はその間中、ただ寝ていれば良いという
訳もなく、麻酔されて身体中に管が繋がれ
人工的に生かされている訳で、とてもじゃないけれど
不自然すぎて、生きた心地などする訳もなく。

麻酔から起こされて気が付いた時に、頭の中からも
管が出ていて手術のなごりの血液がポトポトと。
それに気が付いた時には、医療の世界も結局は
昔からのレイバー、人海戦術に変わらないのだと
つくづく感じた出来ごとでした。

あのテレビドラマにもなったJIN(仁)という名の
ストーリーは現代に生きる医者が江戸時代に
タイムスリップして、坂本竜馬を手術して、
脳の中に管を通して血液を外に逃していたシーンと
全く同じことが我が身に起こったのですから。

その衝撃はささやかでしたけれど、でもひどく落胆
したように想います。
勿論、その時のお医者さまたちや看護師の方々、
介護師の方々、いまここに生命を留めているという
天命にも深く感謝しておりますけれど。

けれどでも、あーこの世界はカオス、結局は何も
変わらないのだと、失望したものでした。
無論、それはこの人(私)の個人的な見解にすぎま
せんが。

ただその時に同時に想ったことでしたが、
常に希望は前に前に進もうとする神自身の前向きな
存在の在り方にあると想えるのです。

身体に入ったことで体感するこの時間という次元は
常にいつもポジティブで前向きです。
勿論、人として生まれ運命を承った己としては
哀しいことも苦しいことも多々あるけれど
でも歩みのその先には常に明るい未来の光が
照らされているのを感じるからです。

今の世に生きていれば当然誰もが、遅かれ早かれ
寝ても覚めても闇の方へ引き込もうとする概念や
想念やらに見舞われることになります。
個人として、それらに負けてはいけないと
黙想して瞑想してきたけれど、今想えばそれは
単なる無知の迷走だったのかも知れません。

そして現実と云うのは、そうではなくて
運命を受け入れることで、かのソクラテスが
受け入れたように、そして彼が唱えた「無知の知」
を理解するようになりました。
この世界の人々は何も知らない。
そしてかく言う、御縁があってこの世界に生まれ
堕ちた自分も例外ではなく「何も知らない」という
ことを。

受け入れてみれば、知ろうとすることとか
目覚めようとすることは、単なる足掻きで
生きていることに於いてはあまり意味のない
関係のないことのように思えてきます。

それよりもむしろ、目の前の運命に贖わず、
ただひたすら甘受すれば、それは楽で自然で
良いのだと想えてきた今日この頃です。

たとえジタバタして抵抗しても、それも人生。
時間の流れの中で生きている限りは泣いても
笑っても人生の終わりは必ずやって来て。
震災で亡くなった人たちも、殺されてしまった人も、
自殺してしまった人たちも、身体を離れる瞬間の
心の痛みは一瞬で、あちらの世界では皆
幸せに暮らしていて。
むしろ遺された家族の方が、無知に目が閉ざされて
いるばかりに(私もです)、永い間苦しむこと
になるのです。

ふと運命とはかくも残酷なものだとは想うけれど
でも逆に開き直ってみれば、いくらでもやり直し、
生き直しが効く訳ですから、なんと恵まれていること
かとも思うのです。

無知の知、真実を知れば、あーなんとこの世界は
真実の光に満ち溢れているのか・と思うのです。

最後に
神の世界をトランスして披露しているのだとしたら
もう少し楽しそうに演奏して頂けると良いのにと
思わないでもありませんが
やはり神の世界、神への憧れを音にした人物は
この人を於いては語れないということで
今日はこの曲をピックアップさせていただきました。

Bach 「Cello Suite (無伴奏チェロ組曲)♪」