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すべては在るがまま

私たち生命あるモノにとっての
絶対的な真理(真実)はただひとつ。
それは『私は今ここに在る』です。

私たち魂にとって、
それ以外のことはすべて
幻影、幻なのです。

勿論、身体を以って生きている限り
身体にまつわる現状が
現実のものでもあるのですが。

ですがそれらの現状に捉われ続け、
状況に振り廻されている限りは
マーヤ(幻)から抜け出すことは
できません。

でもそのような人たちもいずれは
遅かれ早かれ神の元へと
やがては還って行きます。

それがこの世に在ることはすべて
神の現れだと想わせる理由です。

結局は善いも悪いもなく、善人も悪人もなく、
ただひたすら神の現れの一端だと想うのです。

人々の持つ概念や考え方や習慣は人それぞれで
宗教も様々だけれど、けれど行き着く先はひとつ。
偶像崇拝だってありだから現存しているのだと
そのように想われるのです。

そもそも神と云う言葉で抱く皆さんの概念は
それこそ様々なのではないでしょうか。

宗教家にとっては神という存在は
崇拝し崇め奉る、自分とはかけ離れた存在として、
ネイティブたちはこの世界のあらゆる所に
片鱗を感じ、自分の中を吹き抜ける風のような
いつも側近くに感じる存在として、
あるいは他の人たちは父として尊敬し愛し慕うか、

いずれにせよ自分とイコール、
自分と神は一緒なのだと想える人は
少ないように想います。

けれど実際は魂はひとつ、神とも一緒です。
「在る」と云うことで一緒なのです。

この世界が行うこと、
行為=ソースと私たちは一緒なのです。

身体がある私たちは頭ではそれを
否定するかも知れません。
けれど魂は解かっているのです。

かつてオシリスの妻
イシスが言ったとされる言葉が
時々、私の胸を横切ります。

『我イシスは
かつて在りしもの、在るもの
在るであろうもののすべてである。
いかなる人間も
我を明らかにすることはない』

これってきっと・・・・
傲慢な意味合いは感じられなく、
未来に於いてはどれだけ墜ちた人として
転生するのだろうと云う、
当時の彼女の未来に対す於ける
困惑感がそう言わしめているのではと、
そんな気がするのです。

シリウスからやって来て
イシスが生きた古代エジプト時代よりもっと
昔から人として生きた記憶のある彼女は
自分が輪廻転生を通して堕ち続ける様を
見ていたに違いありせん。

今現在もこの世界に生きている彼女は
最初はきっと哀しんだことでしょう。
でも記憶はそのままに今はもう
墜ちた自分をあるがままに捉えているに
違いありません。

すべてはあるがまま、エイメン(a men)です。

一昨日は見事な十五夜で、
昨夜は十六夜(いざよい)でした。
今夜遅くにはまだ満月に近い月光を
浴びることができます。

もしあなたが一人でいる時に
見ることができたら、
その月はあなただけのものです。
あなたとその月の関係を愉しんで
それを深呼吸してみましょう。
身体の奥深くから力が湧いて来るのを
感じてみていただければ幸いです

Debussy 「 Claire de Lune♪」