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カオスについて

今日も何やらこれを書けと言われている気がして
今ここに書いています。

前回は「闇の世界を祓うにはどうしたら良いのか」
それには「自分の内にある闇と光の統合」だというお話で
最後終わったように想います。

光と闇、陰と陽、ネガとポジ、天国と地獄、天使と悪魔など
いかようにも言葉で表現することはできます。
でも実際そのどちらもが神の内側に在るように
私たちの内側にも存在するものです。

 

いざ統合するとなると、どのようにしたら良いのかと
戸惑う方々も多いのではないのかと想うのです。

それには俗に言う「カオスの世界」とは
どのように捉えたら良いのかというお話からしなければいけませんね。

 

ここでいきなり私ごとで恐縮ですが、
私がこの世界にやって来て初めての記憶、それがカオスです。

生まれて間もないまだハイハイも出来ない頃、おそらく生後2ヶ月の頃のことです。

母親の姉が我が家にやって来て、座布団に何気なく寝かされた私をあやしたのです。
その時の私はその伯母の真っ赤な口紅で塗られた唇を(意識で捉えて)見て、
彼女の背景に彼女が背負っている(彼女の観念の)世界を観ていたのです。
それはサン・テグジュペリの「星の王子さま」に描かれているような、
小さな星にビルが立ち並ぶニューヨークの摩天楼の景観のようでした。

まるで写真で切り取ったかのようなその映像は
その後も幽体離脱した視点で夢で何度も見させられたような気がして
忘れることなどできませんでした。

そこには昼にも関わらず光がない、
あっけらかんとして明るいけれどでも真理の光がないのです。
あー、ここは地に堕ちた世界、閉ざされた世界に堕ちたと感じたものです。

それからなのです、魂が目覚め、私が自分を意識(自己認識)したのは。

言葉を介さなくてはお互いに認識できない世界にあって
私は言葉を介さずお互いを認識する世界を知っていると感じました。

言葉は知っていて話すことはできるけれど、でも依存しない世界、
そんな星に住む友人たちのことも知っています。

言葉を介さない分「想っていること」「マインドで考えていること」
「ハートで感じていること」などの真実はダイレクトに伝わります。
要は言葉がない世界にはカオスは存在しません。

でもここはその言葉さえも嘘が多く
真実味が無く危うい、言葉に依存する世界。。。
その時から始まったのですよね、私の夜泣きが。

母はその時のことを、生まれた時は天使だったけれど、
急に悪魔に変身したと嘆いていました。

以来、お化粧は仮面のようで
お化粧するのが当たり前のこの世界は
まるで仮面舞踏会のように見えました。

人々が話す言葉も意味がなく
口から言葉だけがボロボロとこぼれている・・・
そのように見えるのです。

口にする物もどれもが生臭くて、肉類は血液の味がして
御飯は蒸れた味がして、とてもじゃないけれど飲み込めない、そんな状態でした。

子供時代の最初の感触は母親の手とそして肌着です。
その肌着にしても縫い代が肌にあたる内側にあるのが当たり前で、
なんで世間の目にも触れることがないのに外側にないのだろうと想ったものです。

本質と建前が逆転した世界にあって、
大人たちが訳も解からず習わし続けている慣習には何の根拠もなく、
自分に触れるこの世界の総ての感触が悪い、そのように想っていたのです。

そして当然ここに生きることを拒否している
そのような虚弱な子供は周りからも反感を買い
存在を拒否されたのです。

そんな生きるのか死ぬのかのどん底にあって
自然と身体の内側から湧き出た力が「光と闇の統合」であり瞑想です。

子供心に妥協はできない、
でもこの世界と自分の世界との折り合いを付けるしかないと感じたのです。
生命が生きるためにはそれしか方法がなかったのでしょうね。

当時は座禅などの所作も知らない子供でしたので
ただ「今この瞬間の自分を感じる」とでも言ったら良いのか
「今の今、何を想い、何を感じているのだろうか」
そんなことをノートに落書きのように書いていたように想います。

今から想えばマインドではなくて
かってに身体がそのように動いていたのだと想う。
その方法が「瞑想」でした。

 

 

この世界は光と闇が存在する世界。
それは神の内側にも私たちの内側にも存在するのです。
ではそれをどのように自分の内で折り合いを付けるのかと云うのが
前回の同じ本題なのです。

でここで先に出たカオスについて少し触れておきます。

おそらく皆さんはカオスとは混沌とか曖昧いう意味合いで
理解されているのではないでしょうか。
でもそうだとして混沌とは何なのでしょう。

カオスの世界とは何も確かなものはなく、
日々、時々刻々変わりゆくこの世界のことを言います。
実際にこの身体はいつ壊れるとも分からず儚く(はかなく)
私たちを取り巻くこの世界も実体がなく幻想的で拠り所がありません。

輪廻転生する度にこの身体に纏う、名前やステイタスや国籍なんて
初めから有って無いようなもので、
人々のマインド(観念)に依って創り上げられたこの社会全体は
幻想にしか過ぎないのです。

要は真実がなく神の実体を伴わない世界、それをカオスの世界と言うのです。

カオスの世界には真実がありません。
じゃあ、なんでカオスが神の手の内にあるのでしょう。

 

だいたいマインドがイカレていなければ
この社会に利益を生むことはできないのです。
ちょっと言葉が悪いですけれど、実際にそう感じるのです。
ハートがない、神の意識もない、マインドだけが暴走した世界、それがカオスです。

カオスの世界には真理の揺らぎがあり、
その振り幅が広ければ広い程に人々には言葉があり
文化や芸術をもたらすのです。

闇と光、天と地、嘘と真実、真理と虚構の世界は、
その振り幅が大きければ大きい程に魂は磨かれ人々の心は豊かになり、
文化や芸術が生み出されるような気がするのです。

要するにカオスは必要悪というのかも知れません。

他に方法があったら知りたいくらいに
子供の頃に苦しみましたから解かるのですが、
闇と光、天と地との、そして己の外の世界と内の世界の均衡を図るには、
己の生命の中で完結するしか方法がないように想うのです。

もしあなたが世の中の矛盾とか、不条理とか、
それこそカオスに苦しんでおられるなら、そのために瞑想することをお勧めします。

瞑想は真の自分との出会いです。

瞑想は修行ではなく真の自分を知ることで
逆にとても新鮮でワクワクする行為だと想いますが
あなたはどう想われるのでしょうか。

無論この今の世界をまだ愉しんでみたいと想われる方々は
それはそれ、誰に何を言われようと大いに愉しめば良いのです。

なんせ便利ですからね、今の世の中は。
インターネットを使えば瞬時に世界中の人々と繋がれる(しかも無料で)、
世界の果ての情報も手に入りますしね。

さて最後に今月9月はharvest moon(収穫月)ですのでこの曲をupしました。

NEIL YOUNG 「 Harvest Moon♪」

13日の新月を過ぎてから29日の満月までの上弦の月、
月が満ちていく様を感じてみてくださればと想います。

そしてあなたの心も満たされますように・・・。