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烏合の衆

烏合の衆。
私にはそう見えるのです、
政界や宗教団体、あるいは今世間を賑わしている日本の芸能界に生きる人たちのことを。

人が集まってグループとなってその頭数が大きくなる程に、
個人の意見は尊重されず、個人の心は無視されます。

増して大きな組織が心を持つのは難しく、
義理や人情のような精神性は期待でず、
個が大切にされない集団には心がありません。

想うに、興行界と芸能マスコミはひとつ穴のムジナです。
ゴシップやスキャンダルを飯の種にしている人たちはごまんといるし、
更にそう云うハイエナ連中を

手なずけて使っているヤクザや政界、経済界の人たちもいるのです。
興行界は特にダークサイドが顕著で、芸能界と云う華やかな世界だからこそ反面、
影となる闇もまた深いように想います。

あらゆる団体が堕ちて行くのを目にして
この世界がまだどん底には至っていないのだと解かるように

この先、魂の自覚の無い者たちはどんどん堕ちて行くのでしょう。

最近サイト界を賑わしているtwitterトップたちの首切り事件も同じです。
利益だけを追及するようになると、どの団体も堕ちて行きます。
心がない集団には誰も魅力は感じないからです。

どんどん堕ちて行く、その集まりやグループを作っているのも
支えているのも人間たちです。

その人間たちが堕ちて行くと集まりも当然、堕ちて行くのです。

そして彼らは皆一様にお金に関して、己を見失っているのです。
無意識になっていると云うことは、マインドが反応しているということで
完全にマインドに乗っ取られている
状態にあると云うことなのです。

その鵜合の衆の中で暮らす、意識的な人たちにも
当然トラブルや問題などが起こり、その影響が出て来ます。

引っ張られやすい、あるいは心の動揺で、そこで起こるのが魂の揺らぎです。

ただここで大切なことは、揺らぎが悪いとか善いとか判断してはいけないということ。
常にニュートラルで在ること。
それを心に留めて状況に巻き込まれないよう
相手に原動力となる力を与えないよう注意が必要なのです。

常にニュートラルにいる、それが気付きを以って今ここの意識に留まるということです。

これがどう云うことかと言えば、
例えばよくある、お金のトラブルに巻き込まれたとしたら。

そのトラブルの最中にも身体が何を感じているのかを観察し
そして身体のエナジー・フィールドを感じてみることなのです。


要はあなたが無自覚に成りやすい情況の中で、
自分の中でどんなことが強烈に自分を無意識にさせるのか、
それを知ること自体が挑戦で

かつ楽しいことでもあるのです。

そのことを考え始めたら気付きを保っていられるのかを観察することでもあるのです。
ちょっとマゾが入っているかもと想われるかも知れませんが、
コンプリートした状態と云うかゴールが解かっていると、

これって案外ゲーム感覚のようで愉しめるものなのです。
まあ、そこまで己を信じられるかと云うことでもあるのですけれど。

でも物事は森羅万象、意味の無いモノや事柄は、
この世には存在しないということを踏まえてみれば、

それを眺めている己の生き方も決まって来るように想われます。

まずは果敢に挑戦し、愉しんで生きて行きましょう。

Shadows 「 Spring Is Nearly Here♪」