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神のタイミング

この世界の有機物・無機物、問わず
物質には、たとえ人の手によって作られた物でも
神の息吹が込められている気がするのです。

個人的な体験ではありますが
生きながら他のモノへと気を移したことがあります。

日本の山陰地方の山奥の谷間の夏に
迫って来るかのような樹々の間を間近に見ながら
悠々と上昇気流に乗って飛行するメスの鷹だとか・・・

あるいは山の天辺付近にある舗装された道路の
ちょうどトンネルを抜けたところに設置された
白いフェンスとか(笑)・・・

地球最後の時に海岸で大津波を迎えて
勢い余ってクジラの中に魂を移し
クジラって「呼吸そのものが瞑想なんだなぁ」なんて思いながら

しばらくその身体を愉しんでいたこととか・・・

しかも、それらの中から見た情景はとてもリアルで
その時々に肌で感じた空気感は今でもありありと思い出せるものです。

以来、前は薄々感じていたモノたちの気を
よりリアルに感じるようになった次第です。

皆さんも、例えば

大自然は勿論のこと

生きている筈のない「ぬいぐるみ」だとか
年月の経った骨董品などに
気を感じたことはあるのではないでしょうか。

特に神の息吹でダイレクトに創造された自然、

空に輝く太陽や月やその他の星々やこの星、

そしてこの星に生息する生き物たち

大地や山や石、海や川、樹々や花々、風や火や水

それらすべてに神の気を感じられるのではないでしょうか。

中でも身近にあって解かりやすいのが大木です。

人の何倍もの寿命を持つ大樹は気配がまるで仙人のようで圧巻です。

嘗てはそれらを祀るために神社が建立されたものです。

氏神さまもあるけれど多くが海だとか湊だとか
湖だとか池だとかあるは岩鞍だとか
「入らずの森」とか「鎮守の森」と言われるように
森を拝した神社も多くて建てられたのです。

そして鎮守の森の殆どが樹齢1000年を超えていたという

神社の森には巨木が多かったそうです。

それが明治時代に入って明治政府は
国家神道の権威を高めるためと言い、
各集落にある神社を一村一社にまとめ「神社合祀令」発令、
それによって廃却された境内の森の大木が伐採され
お金に換えられたのです。

人の無知さ、愚かさ故とは言え、なんと罰当たりなことをしたのかと
そのことを想うと心が痛みます。

でもその愚かさや無知さはこの身の内にもあるもの。

世界中の大気が怒りで満ちているように感じられる今は
第三次世界大戦もよもやとする瞬間に立ち会っている
自分という存在の中にも怒りがあるのが解かります。

けれどそれだけに囚われてしまうと
それこそこの世界が戦争一色になってしまうので

なんとか暴走しないように冷静になるように
世の中を自分を
こちらの世界に引き戻そうとしているところです。

正直言って
このような世界に何故生まれ墜ちたのかと
想うことも多々あるけれど、でも

すべては神のタイミングによるものだと、
鎮守の森の大樹のように
慌てず騒がず、怒りもせず
勿論、仕返しもせず、

でも、嫌なことははっきりと「嫌なんだ」と
発言し続ける
そんな人で在りたいと思う今日この頃です。

Geoffrey Gurrumul Yunupingu 「 Wiyathul♪」

歌手はもう既に身体を離れてしまった
ネイティブ・オーストラリアンの「アボリジニ」です。

「私が生まれてきた訳は父と母とに出会うため
私が生まれてきた訳は兄妹たちに出会うため
私が生まれてきた訳は友達みんなに出会うため
私が生まれてきた訳は愛しいあなたに出会うため

春来れば 花自ずから咲くように
秋来れば 葉は自ずから散るように
幸せになるために 誰もが生まれてきたんだよ
悲しみの花の後からは 喜びの実が実るように

私が生まれてきた訳は何処かの誰かを傷つけて
私が生まれてきた訳は何処かの誰かに傷ついて
私が生まれてきた訳は何処かの誰かに救われて
私が生まれてきた訳は何処かの誰かを救うため

夜が来て 闇自ずから染みるよう
朝が来て 光自ずから照らすよう
幸せになるために 誰もが生まれてきたんだよ
悲しみの海の向こうから 喜びが満ちて来るように

私が生まれてきた訳は愛しいあなたに出会うため
私が生まれてきた訳は愛しいあなたを護るため」

皆さんも幸せに暮せますように♡♡♡

 

 

 

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