カテゴリー別アーカイブ: ヨガ・瞑想について

本来の「ヨガ」の意味とは?

前回、最後に瞑想について少し触れたところ「ヨガって何?」という質問を頂きました。
それにお応えして「ヨガとは」一体、何なのかについてお話したいと思います。

ヨガとは瞑想のことです。

前回、何故、大木の話からいきなりヨガの話に飛んだのかとかと言うと・・・

「花たち」はアピールする者ですけれど、「大木」はヨギで瞑想者です。
常々、大樹は本当のヨギと云う感を受けます。
静謐で気高く孤高。
彼らは、たとえ人に倒されることがあっても「人に倒された」とは決して言いません。

「私は倒れる」 ただそれだけです。
なんてステキなヨギ(瞑想者)なんでしょう、と常々思っていたのです。

そこで、まず「瞑想」とはから入っていきましょう。

瞑想とはYoga(ヨーガ)といわれ、インド発生のものです。

インドでヨガと言えば、この瞑想のことを言います。

古典ヨガ(瞑想ヨガ)であるラージャ・ヨガは
名前の通り、キングのヨガ、ヨガの草分け、ヨガの中のヨガ、王道という訳です。

今現在、インドではラージャヨガ(瞑想)と、ハタヨガ(身体を動かす)が主流になっています。

ハタ・ヨガはインドのヨギたちから下に見られていますが
最近になってホットヨガなどが海外から逆輸入された形で
ポピュラーになってきているようです。

「Yoga」には「繋がる ・ 統治する」という意味があります。

自分と繋がり、宇宙と繋がり、神と繋がり(これ全部同じ意味ですね)、
そして自分を統治して自分の世界の王になるという意味を持っています。

それがラージャ・ヨガ(王のヨガ)の謂れ(いわれ)でもあります。

紀元前、何千年も前から瞑想という作法はありました。

魂が覚醒すると、あのようなスタンスと云うか、
ポーズを取りたくなるので、自然発生的にそうなったのだと思います。

最近ここ日本でも普及してきた「瞑想」ですが
何故、瞑想が流行るのでしょうか。

例えば、幸福感のない不穏な世の中にいることで
平和や幸せなどを意識するように、
瞑想も、自分を忘れてしまった感覚が強い世の中だからこそ
自分とつながりを意識する必要があるのだと感じるのです。

人は輪廻転生する度にカルマの連鎖に嵌まって、
今はもう自分が誰なのか、何なのかさえも解からなくなってしまいます。
それこそ我を忘れた状態です。

そのために、この世界はカオスなのです。

世紀末と言われる時代になって
ドラマの方から私たちの目覚めを喚起されている。
そのように感じざるを得ない状態です。

瞑想は自分を思い出し、自分に目覚めるための
ひとつのツールにすぎません。

もしこの世界の人たちが皆、覚醒をしていたら
瞑想など流行る訳がありませんね。

宇宙人は瞑想しませんし
あのクリシュナ・ムルティもあまり瞑想をしていなかったと聞きます。

必要性がなかったのでしょうね。

瞑想は禅を組んで座ってやると云うのが主流ですが、
本来の瞑想と云うのは、
いつでも、どこでも、何をしていても、たとえ寝ていても
神と繋がった状態で生きる、魂の意識で覚醒した状態で在り続けるということです。

神は創造主で、いつも創造し続けるものです。

その神の創造による神の一部分の私たちも、
自分たちが生きることによって創造し続けることになります。

そのためのこの身体だと思うのです。

私たちが創造し続ける、そのためにはこの身体も統治しなければいけませんね。

そこで身体を統治するためのハタ・ヨガが生まれたと思うのです。

ハタ・ヨガの中にクンダリーニ・ヨガとかタントラ・ヨガなどがあるのはそのためです。

要はハタ・ヨガはこの生命エネルギーを上手く循環させるためのものなのです。

【*クンダリーニは、イダとピンガラ(陰と陽)左右両方のエネルギーが(バランスよく)螺旋を描いて上がれば昇華するという生命根源のエネルギーのことです。
このバランスが大切です。バランスを欠くと脳みそがヒートアップして
大変なことになります。
ですからやたら興味本位でクンダリーニは上げない方が賢明です。】

瞑想方法はいくらでもあると思うのですが、方法に拘らない方が良いでしょう。

もし、あなたが瞑想の取っ掛かりとして習おうと思うなら、
方法に拘るのではなく、伝授する人のエネルギーに拘った方が良いと思います。