ハッピー・ホーリー

こんにちは、ハンスです。
寒戻りもありますが、だんだん春の空気になってきましたね。

さてこの季節、
インドでは「ホーリー祭」というお祭りが行われます。
別名「春の祭典」または「色の祭典」と呼ばれています。

このお祭りの特徴と言えば
「色のついた水や粉を、外にまく」んですが
これは「悪鬼を退治するために泥を投げつけた」のが起源。
節分の豆まきと、ちょっと似てますよね。

でも違うところは.. 人にかけるんです。
その日は誰彼かまわず、色つき水や色粉をかけ合います。
ま、かけ合うなんて可愛らしいものではなく、、
本気でぶっかけ合いっこ! って感じでしょうか^^;

合宿中この祭典に出くわしたことが何度かあり、
その日は「外に出ない方がいい」と言われるんですが..
まあ、あえて出ていく人もいまして..
なかなか、凄惨な姿で戻って来られます^^;

今は、そんな無礼講的なホーリーですが
スピリチュアルな観点みれば、そこはやはりインド、
神聖な意義を見出すことができます。

“ホーリーという言葉の中に
過去は過去」という意味があり、
色をつけるというのは
神の色に染まる = 気高い波動につつまれ 、
常に平和と幸福の中にいる」という祝福を現わしている”

自分は神によって守られている
否定性の影響よりまえに聖なる加護の中にいて
純粋&ポジティブな波動と気持ちで満たされている
そのことを自覚しましょう! ということなんですね~^^

なので、この祭典で思い出すことは
今、自分はどんな色に染まっているのか?」ということ。

「仲間の色に染まる」と言うけれど、今
自分はどんな仲間と一緒なのか? どんな色に染まっているのか?
そして..
もし望まない色なら..「自分の望む色」に染まりなおす!
わたしが、わたしらしく在るために..
“わたし色”でいるためには..? 
そのようなことを、自問してみたいと思います!

Happy Holi!

 


自己の心を知る

こんにちは、ハンスです。
2月半ば、まだまだ寒いですが、
穏やかな日差しが日々増していますね。

今回のタイトルは「自己の心を知る」です。

私たちは
「自分の心、気持ちは、自分が一番よく知っている」
と思っている節がありますが、
果たして、ほんとうにそうなのか..?
と思うことが、よくあります。

なぜかと言うと、
心(マインド)にのぼる考えや気持ちを
マインドで認識しようとしますよね?
それだと「ほんとは見えていない」んです。

井の中の蛙状態とでも言いますか、
自分の考えを、その考えの水の中でしか見ていない。
ヨガならぬ「一人ヨガり」です。(←ココペリさん調に笑)

では、、
どうすれば、心を真に見ることができるのか?
というと.. インドにとても優れた発想があるんです。

「心」に考えがのぼる
それを「知力」が認識する

この知力をインド語で「ブッディ」と言います。

このブッディが行うのは
「認識したり理解したり、判断したり選択したりすること」

西洋では
「それらはマインドが行う、あるいは脳が行う」
と考えられていますが、
マインドとは別に、認識を司る機能が存在し
その機能を強くすることで
自分の思考や感情に翻弄されず
最良の決断や選択ができるようになる、

というのです。

ん? それって、理性のこと?
と思うかもしれませんが、
頭とか脳、思考を指しているのではないです。

実際、一番近いのは
ハート」あるいは「良心」。
ハートからやってくるもの、
「魂が知っている」という感覚、それが知力です。

実はこれ、瞑想のポイントでもあります。
知力を使うことで「アウェアネス」が起きます。

ドリシティセミナーの中で行う
「思考を見張るワーク」等も、
実は知力を使ってそのパワーを高めていく
という作業なんですよね。

心と自分とを分けて、意識して「知力で見る」
ようにすると、段々と自分に余裕が生まれてきます。
見聞きするものに、惑わされなくなります。

心がざわついたとき、イライラしたとき、
なにか不安な気持ちになったとき、、
知力を意識して、その「目」を開いて
そこに立ち、そこから考えや気持ちを眺めてみる。
試していただければと思います!


 

 


“祈り” について

こんにちは、ハンスです。
もうすぐ2月、列島は寒波真っ只中ですが
東京では梅の花が
ゆっくり咲き出しています。

今回は “祈りの体験” について
書いてみたいと思います。

インド語(ヒンディ)では
祈りに相当する言葉を
「シュブ・チンタク」と言って
「誰かや何かによい願いをもつ」
ことを指します。

この言葉をもう少し詳しくみると
「吉兆な、輝かしい、
慈愛のある、深い瞑想的な思いをもつ」
という感じになります..
ちょっとくどいですかね笑

癒しに関心のある方であれば、
このような「思い、願い、祈り」
といったものが実際に
ヒーリングあるいは治癒効果を
発揮することを、少なからず
体験されているのではないでしょうか。

けれども、、
実感する時もあれば、そうでない時もある。
..これって、前に書いた
「引き寄せ」と、ちょっと似てますよね。

というか、
どちらも原理に沿って
「思考の力」を使っているわけなので
実際、同じものなんですよね。

ですので、前と重複しますが
もしこういったものが「効果がある」
と感じる時は..

わたしが完全に
心配やネガティブな思いを手放している
ときである、と言っていいと思います。
(※手放していないと効果がないとは言えません)

最近わたし自身、身近に
そのような祈りやよい願いを
送らざるを得ない状況があり、
改めて「意識あるいはスピリットのパワー」
の偉大さ、そしてまた
「その源である、
“至高なるもの” の愛と癒し」に対する
畏敬と感謝の念を、増すことになりました。

その時間と空間はある意味
どんな瞑想よりも瞑想的で、
言葉にするのも難しい “美しき瞬間”
だったと感じます。

また、
ドリシティを送ることによって
意識がさらに純化したものに
磨き上げられたように思います。

その観点で言えば
祈る本人が、まず癒される・至福を体験する
それが単に伝わっていくだけ..
というふうにも
言えるかもしれないですね。

俗世的には
ネガティブに思える出来事も
スピリットからしてみれば
最善のことが起こっている
ドラマに偶然はなく
必要なことが起こり
その機会を、第三の目でとらえ
お互いのチャンスや機会にしていく
そうすることで
たくさんの副産物がもたらされる

そのような “気づき(スムルティ)”
を、常にもっていたいですね。

機会があってもなくても
祈り / よい願いをもつ、もちつづける
是非、日常の中で
試していただければと思います。