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本音で生きる

「虚偽がまかり通る世界では、真実を語ることは革命的な行為である。」

 

偽りだらけの世の中にあって
自らが本音で生きることには勇気がいるものです。

本音とは、本質をもって自分自身に正直に生きることです。

常に自分を好きでいられるために
人目のない、人が見ていないところでこそ
自分を偽らず欺かない言動をとれば、自ずと自らが尊重できるというものです。

 

正直なところ、この社会には真実がないように感じます。

たとえば法律はそれを駆使する使い手の使い勝手の良いようにかってに変更が効く、
もう既に囲いの中に閉じ込めてある民衆を更に搾取するための手綱のようです。

来年にも慣行されるかもしれない「司法取引」は他人の罪を捜査機関に明かせば
その見返りに自分の罪を軽くするというもの。

皆さん御存知のように、既に実施されているアメリカでは
多くの冤罪が発覚しています。

フランスでは自分の罪を他人に押し付けられるのか
自分の罪はイコール他人の罪なのかという議論が巻き起こったとか。

もともと信頼のおけない法務省や警察サイドが何かを仕掛けて来るたび
世の中は不穏になるのです。

 

お互いがお互いを信じられない。

仲間内でも、家族の中でも、今そのようなことが当たり前になっているのです。

 

でも、それは当然のこと。

なんせ自分が信じられない人たちは他人を信じられる訳がない。
だから国は法律で人々を縛ろうとするのです。

 

親でさえ子供たちを支配しようとしますしね。

 

そこで想ったのが「今、本音で生きることがどれだけ大切なことなのか」ということです。

でも自分の本音に気が付いていない人たちも多く見られるから
このような世の中であるような気がします。

 

気が付いていない人々に気付いていただくには
気が付いている人(ヨギ)の視線と後姿や姿勢、生き様を見せるしか方法がありません。

あなたの真実の音色を奏でるには言葉でなくて
雰囲気でメロディ(バイブレーション)を伝えるしか方法がないのです。

 

「私が見るとき、誰が見ているのか

私が聞くとき、誰が聞いているのか

私が気付いているとき、誰が気付いているのか

 

私は誰か

私は気付いている者

感情を見ている者」

 

経験していることの全ては意識の対象にすぎません。
意識自体を意識するようになると目覚めた存在となります。

目覚めた存在、それが本当のアナタです。

 

瞑想の最中に、もしアナタがあなたの思考に気が付けば
気が付いている自分にアクセスすることができます。

それが本当のアナタです。

 

この時代、瞑想をお勧めします。