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「もののけ」について

まあ、世の常に倣って今頃からそろそろ気にかかるだろう
「もののけ(物の怪)」について少しお話しようかなと想います。

彼らのことを書こうと決めた昨晩から
普段は表立てては気にも留めていない連中がワサワサと
この身に迫って来て「代弁してくれ~」と夢に現れたりとやたら騒がしいのです。

あーやはり彼らはボディ・コンシャスに囚われたままの魂なのだと
つくづく感じ入った次第です。

(*ボディ・コンシャスとは・・・
身体の意識のことで、怒りや恨み、憎しみとか苦しみ、
嫉妬と傲慢さなどのことを言います)

 

◎「もののけ」とは
魂の拠り所(身体)を無くし、けれど強い思いに囚われ、
未だにこの世界に捉われたままの魂たちのことです。

おそらくここに来られる方々の多くが、彼らの気配を感じたり
或いは目にしたり、さもなくば憑依されたりというような
経験があるように想われます。

中には大いに悩まされたり、苦しまれたりする方々もおられるようなので、
彼らとの御縁や繋がりを絶つための必殺技をお教えします。

 

たとえば悲しみに囚われていると、
同じ悲しみに囚われたもののけが惹きつけられてやって来ます。

また傲慢さに囚われていると、同じ傲慢な魂に憑依され気付かず、
もっと傲慢になりやがては身を滅ぼす元となるのです。

 

物事は成るように成る、let it be(成るようにしか成らない)、
このことに気付くことも大切です。

むしろ物事にこだわって深刻に成れば成る程に
宇宙の前向きな流れの本流からは外れるような気さえします。

 

ボディ・コンシャスに光をあて気付きをもたらすこと。
それがボディ・コンシャスを一掃することにあたるのです。

感情に囚われないこと
たとえ哀しんでも憐れに想ってもそれに囚われない、
つまり「権化にならない」ということが肝心なのです。

そして唯一、ソウル・コンシャス(今この毎瞬毎瞬を生きること)で初めて
因縁は断たれるのです。

 

でもそれでも特にあなた方、古い魂たちは
カルマがすべて昇華するまでは根絶する訳もなく、
あなたに御縁がある「もののけ」は事ある毎にやって来るでしょう。

そしてその時は是非、祈って欲しいと願っています。

 

憎んだり悲しんだり、悔いを残して祟る代わりに祈ること・・・。

 

かつてアメリカに滞在していた際に出会った
数々のネイティブたち中で、
一際強力な因縁を感じた魂がタタンカ・ヨタンカでした。

彼はラコタ・スー族の戦士であり
そして何よりも深遠な力を感じさせる呪術師だったのです。

アメリカのネイティブたちは何度も何度も白人たちに騙され
汚され虐げられ挙句の果てには根絶やしに生命を断たれた魂たちなのです。

(日本で言えばかつて和民から蛮族と蔑まれ排除された
日高見蝦夷の末裔アイヌ民族と同じです)

そこまでやられては
温和で日頃great spirit(大霊=神々女神・八百万の神を包括した)を
拝する本物のスピ系の人たちでも
さすがに恨みに思うだろうなと想ったものでした。

そして何よりタタンカ・ヨタンカは強力な呪術師でしたしね。

彼のポスターを部屋に貼って毎日眺めていたけれど、
ある日彼からの視線を感じて視線を合わせてみたら
黄色い恨みと憎しみそのものの眼光がビームのように発せられていて
こりゃいけないとばかりに祓って捨ててしまいました。

でも後から酷く後悔したのです。

 

もっと語り明かすべきだったと。

 

その時以来、彼ら魂たちとの出会いを大切にし常に語り合い
魂を慰め鎮め、清めたりなどしてあちらの世界へ御帰り願ったのです。

けれどもう私の方のカルマが無くなったのか
タタンカのような深い御縁がある者はなく
今はただ魂たちに祈りを捧げるばかりの毎日となりました。

 

ネイティブたちばかりではなく
一般的にも人は恨んで憎んで祟ったりしますけれど
恨みに身を任せるのは簡単なことです。

でもそんなことをしても魂は暗い湿地の泥に埋まってしまいます。
私には嵐に耐える今のネイティブたちの末裔を見守るほかなく
自身哀しみに耐えながら心安らかな日々が戻るようにとただ祈るばかりです。

まあもし、御縁が再びあるならばIndian reservationにでも駆けつけて
何かしらお手伝いでもしたい心地なのですが。

私もまたこの運命の流れに乗って行きましょう。