カテゴリー別アーカイブ: 生きること

生きることは即、愉しいこと。。。

何が愉しいのかって・・・生きていることそのものが愉しいのだと想うのです。

湿度が高くて雨とか曇った日は
この鬱積感と密度の濃い空気感によって霊障を眼にしやすいので
今頃の梅雨時は好きにはなれないけれど・・・

・・・でもこの空気感を愉しんでいる自分が
「いつも今ここ」にいるということも自覚しています。

いつも今ここに意識が在ると
この世界はワンダーランド・驚異的な奇蹟に満ちた世界です。

そもそもが不思議だと想われませんか?
この訳も解からない理不尽で奇奇怪怪な宇宙空間の中に浮かんでいる自分のことが。

たとえば、今私たちが生かされている世界が4次元空間だとします。
そしてこの4次元の壁は時限の揺らぎだとして、
でもその先のこの世界を包む更なる次元はどうなっているのか。
果てがあるのやら無いのやらどうなっているのかまったく分からない
宇宙空間に身体として存在する訳ですから。

魂が身体を纏った途端に、
手があり足がありハート(感性とか愛)があり、マインド(知性)もあって、
身体は乗り物のように自由自在に動き、感じ、考え、
そしてそれらは奇蹟を起こす道具となります。
スプーン曲げとか遠隔視など比べるのも恥ずかしいくらいほんと凄い、創造主の力って。

だからそんな不思議な世界の中で生きていることが愉しくて仕方ないのです。

そしてそれこそが今この瞬間にしかない生命をenjoyするということなのかなと想います。

 

そこで生命を愉しむこととちょっとニュアンスが違うのかも知れないけれど、
人生を謳歌している人物を御紹介します。

中村 哲さん

好きなことを想いっきり生命を懸けて成し遂げようとしている彼は
San Francescoと同様に尊敬する人物です。

人にはそれぞれの持ち場というのがあって、
彼の場合はそれがアフガンだったという話だけど
彼は彼の身近な人たちの幸せな笑顔が見たくてアフガンに生命を捧げた人です。

哲さんは見た目と同じでとても慎み深くエゴがなく純粋で
ただひたすら奉仕し続ける彼の姿は実際にも小柄だったけど、とにかくオーラが凄かった。

決して力まず、ただ淡々とそれも歓びを以ってカルマをこなす「カルマ・ヨギ」、
そんな魂の強さを感じさせる光です。

運命に逆らわず、むしろこの命の運びに積極的に乗っかって
最後に寿命で身体を離れる時にはきっと命を寿ぐ(ことほぐ)のでしょうね。

こういう人たちとの出会いもまた生きていることの愉しみでもあります。