カテゴリー別アーカイブ: マハ・サマディ

マハ・サマディについて

地震や火山の噴火などの自然災害が頻繁になって
多くの人たちが亡くなっているという情報を耳にします。
そしてこの日本では第一線で活躍していた団塊の世代が
高齢者の域に達しつつあるので
メディアを通じて彼らの死を間近に見ることになりますね。

たとえば感性の鋭い人たちは、
目の前の人のマインドの世界が写真で切り取ったかのように見ることができます。
人々が出す想念の波動は、まるで凶器のように襲ってくるかのように感じるものです。

嫌でも共有しなければならないこの空気感は、
高圧鉄塔や空調器や電化製品の一つひとつの出す電磁波にでも
細胞が同調して傷められている感じがするのです。

世間で言われるところの過剰反応というやつです。

残念ながらこのカオスの世界は
マジョリティのマインドに依って創られた世界なので
マイノリティの世界は理解されず、排除されるのが落ちです。

マイノリティのマインドやハートの痛みは
単なる過敏症とか神経症とか、閉じこもり症候群とか
鬱病とかの名前を付けられて、
本人の意思不在のままかってに病人にされてしまうのです。

正直なところ、特にハートが開いている子供たちは
幼いだけに自己防衛ができず
ただ傷ついて行く様子を目にするにつけ、

「マジョリティのマグルの君たちに、
マイノリティで総てが見えてしまう者の心の痛みは解かるのか」

と、ずっと恨みに想っていたことがありました(とほほ・・・)。

(さてさて私のエゴは置いといて・・・)

そこで知覚過敏症(感性の鋭い)の人たちは
(本当はそれが当たり前なのですけれどね)
今の世に対する人々の恐怖感や、悲哀感に苛んでおられるのではないかと想いました。
前回のサマディ繋がりで、このタイトルになったのです。

日本の死生観は「痛ましいもの」「哀しいもの」だと
当然や、常識のように考えられています。

でもそれはところ変われば何とやらで、
ネイティブたちやヨギの世界では
死は神からの祝福で、儀式は弔うためのお葬式でなく
新たな人生への門出を祝う厳かな卒業式のようなものです。

実際にヨギたちの御魂を見送るための式服は白一色なので
とても純粋で清貧な感じがします。

個人的にこの人生の最後を祝わなくてどうするのかと
常々想っていたものですから以下のタイトルを選びました。

 

マハ・サマディ:
本来の意味はヨギが意識が目覚めたまま意図して肉体を離れることを言います。

でもたとえ病気であろうが自然災害で亡くなろうが
魂は了承して事が起こっている訳です。

事故死でも若くして亡くなったとしても
「神から賜わった生命を生き切って成就し昇華すること」、
個人的にはこれがマハ・サマディだと想っています。

インドのヨギ、パラマハンサ・ヨガナンダは
このマハ・サマディによって身体を離れたことで有名な人物です。

でもここで疑問なのですが、
何故彼は幸せそうな微笑みを残して
意識を以って身体を離れるに至ったのでしょう。

ナワールのドンファンのように、身体毎の次元移行だとしたら
単なるログアウトだと断定できます。
身体をここに残しての死は遺された人たちからしてみれば
自殺に他ならないように想います。

でもどうなのでしょう。
苦しまずにそして意図的にあの世に渡ったとなれば
遺された人々は悲しむことはないのでしょうか。

いえいえ、やはり不自然な死は人の悲しみを誘うように想います。

無論、魂が移行する際に
魂が目覚めていたということの一般的な自殺と
明らかな違いはあるのでしょうけれど。

チベットでは未だに中国からの弾圧に耐えかねて投獄されたヨギたちも
意識的に身体を離れるという話を耳にします。
彼らは意図も簡単に呼吸を減らし心臓の動きを止めることができますから。

勿論、そうやって亡くなられた方々の魂を堕としめるつもりなど毛頭ないのです。
ただカルマは生きてこそ昇華できるもので、
与えられた生命を全うすることなく途中でドロップアウトしてしまうことの
ヨガナンダの意図はなんだったのかとつくづく疑問符がつきます。

この世に生まれながらに、この世界と宇宙の流れが見えてしまい、
己のカルマを熟(こな)し、そして神とひとつになってしまうと、
自分が今ここに生きることの意義が感じられなくなってしまい、
後に残るのはもう引退した気分だけです。
それも良く解かります。

でも身体を離れたいというエゴを背負っていては、この次元から離れることはできません。
そして目覚めた魂の彼はそのことに気付いていない訳がないのですよね。

生命は自分の力で生きたことなどなく
生かされているということはまだ役割があるということなのですから。

だから寿命が来るまでは死なない、
自分からはログアウトしてはいけない
そのように想い至った今日この頃です。

眠っている人たちが大半の、つまりそれが常識だとする
このマジョリティの人たちが占めるこの世界はカオスそのものです。

今は余計に、この闇が拡がっているようです。
そんな世の中にあって、常に光を見ているマイノリティの人たちは
かなり苦しい想いをされておられることとお察しいたします。

でもどうか途中でログアウトすることなく、人生を貫徹されますよう願って止みません。

さて、皆さんは今のこの情況をどのように感じておられるのでしょうか。
一度、時間を止めて感知してみてください。
そして夏の風に乗ってやってくるこのポジティブな空気感も感じて愉しんでくださいね。